ゴールドクロス 馬

第133回(2006年) ディープインパクト ※産駒にヒシミラクル、ナリタトップロード、アイポッパーなど, Admiration(アドミレーション) ショウナンバッハ など, Northern Taste×The Minstrel 第28回(1987年) スズパレード 第071回(1975年) イチフジイサミ 第137回(2008年) アドマイヤジュピタ 第38回(1993年) トウカイテイオー ベルーフ 第48回(2007年) アドマイヤムーン 第30回(1989年) イナリワン 第57回(2016年) マリアライト 第145回(2012年) ビートブラック 第045回(1962年) オンスロート 第075回(1977年) テンポイント 第010回(1942年) ミナミモア ゴールドシップ (英: Gold Ship[1]、2009年3月6日 - )は、日本の競走馬。, 2011年に中央競馬(JRA)の函館競馬場でデビュー。主な勝ち鞍は皐月賞、菊花賞、有馬記念(2012年)、宝塚記念(2013年・2014年)、天皇賞(春)(2015年)。自身の血統に「黄金配合[9]」と呼ばれた父・ステイゴールド、母の父・メジロマックイーンを持つ競走馬として、2015年に6歳で現役を退くまで長きに渡って活躍した。2019年現在、芦毛馬の中央競馬GI最多勝利数、最多獲得賞金額の記録を保持している。, 2009年3月6日、北海道沙流郡日高町の出口牧場にて誕生[4]。生産者の出口俊一によると、現役時500kgを超える大型馬であった母ポイントフラッグは産駒が皆大きく、常に脚元の不安に悩まされていたため小柄な種馬であるステイゴールドを配合したが、誕生した本馬は想定に反して大きく産まれたとのことである[4]。, 1歳10月から日高町にある同牧場育成拠点(旧五輪共同育成センター)に移って本格的な育成を始め、2歳1月からは北海道浦河町の吉澤ステーブルで鍛錬された[10]。その後、当時福島県天栄村にあった吉澤ステーブル福島分場に移りデビュー前調整を進めていたが、3月11日に発生した東日本大震災で牧場が被災し、避難のため一旦浦河町に戻り、そこからさらに石川県小松市の小松トレーニングセンターに移動した後、ようやく栗東トレーニングセンターの須貝尚介厩舎に入厩となった[11][12]。, 7月9日の函館競馬場芝1800メートルの新馬戦で秋山真一郎を鞍上にデビュー[13]。単勝2番人気となりレースでは後方から徐々に位置を上げて行くと、最後の直線で先に抜け出していたコスモユッカをゴール直前アタマ差で捕え、2歳コースレコードで新馬戦勝ちを飾った[13]。, コスモス賞では単勝1.2倍の圧倒的な1番人気に支持され、道中中団でレースを進め4コーナー付近から徐々に上がって行くと最後の直線で先頭に立ち、そのまま押し切りデビュー2連勝を飾った[14]。, 重賞初挑戦となった札幌2歳ステークスでは騎手が安藤勝己に変更となった[15]。道中後方2番手でレースを進め、後方のまま直線に入り馬群の内を突いて追い込むも、前を行くグランデッツァを捉え切れず2着に敗れた[16]。, ラジオNIKKEI杯2歳ステークスでは前走同様後方からの競馬となり、道中後方3番手追走から4コーナーで外を捲って進出を開始し最後の直線での勝負となったが、坂を上がってからしぶとく伸びを見せるも内から伸びて来たアダムスピークには届かず2着となり[17]、2歳シーズンを4戦2勝で終えた。, クラシックシーズン初戦となる共同通信杯からは、内田博幸に乗り替わりとなった[18]。レースでは3、4番手に付け先行し、そのまま最後の直線に向くと先行策からの逃げ切りを図るディープブリランテを残り100メートルほどで捕え、重賞初制覇となった[18]。須貝厩舎にとっては開業4年目で重賞初勝利であり[18]、鞍上の内田にとっては前年5月の落馬事故で負った頸椎歯突起骨折[19]から復帰後初の重賞勝利だった[20]。加えて、出口牧場生産馬の重賞勝ちは1988年のアルゼンチン共和国杯を制したレジェンドテイオー以来となった[4]。, 共同通信杯後はトライアルを使わず牡馬クラシック初戦の皐月賞へ直行し、4番人気に推された[21][22][23]。レースは、逃げる2頭が競り合い、後続を大きく引き離す展開となった[21]。本馬は最初のコーナーで最後方に位置するとそのまま馬群を追走し、3コーナーでほぼ最後方から内目のコースを選び進出して行った[22]。このレースでは4コーナーでほとんどの馬が、荒れている上に前日の降雨でコンディションの悪い内寄りの馬場を避け、外に進路を取っていた[22][23]。しかし、鞍上の内田の「外を回らされるのは避けたい」[20]という判断により、本馬だけは大きく開いた内へ突き抜けるように走路を取ると、4コーナーで既に6番手付近まで位置を上げ、直線では上がり3ハロンがメンバー最速となる末脚を繰り出し、後続に2馬身半の差を付けての優勝を果たした[21][22][23][注 1][注 2]。管理調教師の須貝は騎手時代も通じて初のGI制覇となった[23]。, クラシック第二戦の東京優駿は、皐月賞で大外から追い込み2着となったワールドエース[23]が2.5倍で1番人気に支持され[24]、同馬に続く3.2倍の2番人気での出走となった[24][25]。スタート後、鞍上が押して出るも1コーナーでインコース後方の位置取りとなり、向こう正面では外に持ち出し馬群後方に付ける展開となった[26]。そのまま直線に向いて後方8番手付近の位置取りから、大外を追い込むも前に届かず5着に終わり[26]、初めて連を外すこととなった。, クラシック最終戦の菊花賞に向けて秋初戦は神戸新聞杯から始動し、単勝オッズではマウントシャスタと僅差ながら2.3倍の1番人気に支持された[27]。道中は中団やや後方に位置取って勝負どころから徐々に進出を開始し、直線半ばで外から先頭に立つと馬場の真ん中から伸びたロードアクレイムを2馬身半突き放して2分25秒2で快勝した[28]。, 菊花賞では東京優駿を制したディープブリランテとの再戦が注目されたが[29]、同馬が直前で屈腱炎を発症し出走を回避[30](同馬はそのまま引退[30])、さらに2着のフェノーメノは天皇賞(秋)へ向かい[31]、3着のトーセンホマレボシは引退[31]、4着のワールドエースは療養中[31]と、東京優駿において自身を除く掲示板入着馬が全て出走しなかったため、当日は本馬がメンバー中の実績最上位馬として認められ、単勝1.4倍の圧倒的な1番人気に推された[31][32]。レースはスタートで一旦気合いを付けてから下げ、後方2番手で待機策を取った[32]。2周目の向こう正面から進出を開始すると、2周目3コーナーの坂頂上付近で先頭集団に取り付き、4コーナーから直線入口では持ったまま先頭に立った[32]。直線で追い始めると、後続を寄せ付けずそのまま押し切って勝利し、皐月賞に続いてクラシック二冠目を獲得した[32]。皐月賞、菊花賞の二冠制覇は2000年のエアシャカール以来12年ぶり史上8頭目となった[32]。, 菊花賞の後はジャパンカップへの出走を見送って年末のグランプリ競走・有馬記念へ直行した[33]。ファン投票では6位に推され、前年の三冠馬オルフェーヴル(ファン投票1位)と3歳ながらジャパンカップを制した三冠牝馬ジェンティルドンナ(ファン投票4位)が回避した[34]こともあり、単勝1番人気(2.7倍)に推された[15][35]。スタートで行き脚がつかず、ゲートで大きく立ち上がって出遅れたルーラーシップ共々最後方からのレースとなったが[35]、2周目の3コーナー過ぎから進出を開始[36]。直線に向いた時には11番手の位置にいたものの[35]、大外から一気にエイシンフラッシュ、オーシャンブルーを交わし去り、追い込んできたルーラーシップも突き放し、2着のオーシャンブルーに1馬身半差をつけて勝利した[36]。芦毛馬の制覇は1990年のオグリキャップ以来、2頭目(3回目)となった[36][注 3]。, 当年はGI3勝を含む6戦5勝の好成績を収め、年度代表馬には牝馬三冠とジャパンカップに優勝したジェンティルドンナが選出されたものの、満票で最優秀3歳牡馬に選出された[37]。陣営からは2013年シーズンは国内に専念し、春は阪神大賞典から天皇賞(春)、宝塚記念のローテーションで臨むことが発表された[38]。, 古馬緒戦となる阪神大賞典は少頭数9頭立てとなった[39]。ゆったりとしたスタートから道中後方を追走し、2周目の3、4コーナーからベールドインパクトと併せる形で徐々に位置を押し上げて最後の直線で早々と先頭に立つと、追い込んでくる他馬を問題にせず、単勝1.1倍の圧倒的支持に応えた[39]。, 続く天皇賞(春)も単勝1.3倍の圧倒的な1番人気に推された[40]。スタートから2周目の3コーナーまでは15番手前後で後方待機し、3コーナー坂の途中付近から鞍上内田が手を動かして、前を捲りに進出して行った[40]。しかし伸びが悪く、4コーナーで既にムチが入り5、6番手で直線を迎えたものの、直線半ばで進路がとれず外に持ち出して体勢を立て直すなど直線で伸びを欠き、フェノーメノの5着に敗れた[40]。レース後は滋賀県信楽町にある吉澤ステーブルWESTへ放牧に出された[41]。, 宝塚記念ではファン投票2位に推された[42]。投票1位のオルフェーヴル[42]は運動誘発性肺出血で回避したが[43]、同世代のジェンティルドンナ(ファン投票3位)[42]、フェノーメノ(同4位)[42]と共に「3強」位置づけられ[44]、単勝はゴールドシップが単勝2.9倍、ジェンティルドンナが単勝2.4倍、フェノーメノが単勝3.2倍と人気を占めた[45]。11頭立てでの発走となったレースは[45]、スタート後に鞍上の内田が気合を入れて4番手に付け1コーナーを迎えた[44][注 4]。シルポートがハイペースで大逃げし、各馬の位置取りが3コーナーまでほとんど変わらない展開の中、4番手のまま道中を進んだ[44]。残り800メートル付近で仕掛け始め、3、4コーナーから直線にかけジェンティルドンナと併せて上がっていき、ややジェンティルドンナにぶつかるものの、直線中程までの叩き合いから残り200メートル手前で一気に伸びてジェンティルドンナを突き放すと、前で粘るダノンバラードも捉え、そのまま3馬身半差をつけて勝利しGI4勝目を挙げた[44][46]。, 秋は京都大賞典から始動し、単勝1.2倍の圧倒的1番人気に推された[15]。スタートはあまり良くなかったものの押して5番手付近を確保し道中を進み、3、4コーナーでさらに位置を押し上げ最後の直線で抜け出しを図るも、後ろから追い込んで来たヒットザターゲット等に交わされ5着に敗れた[47]。, その後天皇賞(秋)を回避し、前年5着に敗れた東京優駿と同じ東京競馬場芝2400メートルで行われるジャパンカップに出走した[15]。前年の同レース優勝馬のジェンティルドンナに次ぐ2番人気に推されたレースでは、スタート後は無理に位置を押し上げることはせず最後方からのレースとなる[48]。3コーナーに入ってから東京優駿とは異なり早めに動きロングスパートをかけ、後方4番手付近で直線入口を迎えるが直線に入ってから全く伸びず、初の連覇を達成したジェンティルドンナとは対照的に15着と大敗[48]。自身初の二桁着順を喫し、初めて掲示板を外すこととなった。, ファン投票では3位となった有馬記念[49]では、ジャパンカップの結果を受けて調教師とオーナーサイドが協議した結果騎手がライアン・ムーアに乗り替わり、更にはブリンカーを着用することとなった[50]。当日は本レースでの引退を表明し、ゴールドシップとは最初で最後の対戦となったファン投票1位[49]のオルフェーヴルに次ぐ2番人気に推された[51]。レースでは後方5番手付近を追走し3、4コーナーから徐々に進出を開始するも、後ろから大外を捲って来たオルフェーヴルに軽くかわされると、直線入口ではさらに後ろからウインバリアシオンにも前に入られ、そこから着差を詰めることができず1着のオルフェーヴルから9馬身半差、2着に1馬身半差の3着に敗れた[51]。, 結局春は2勝を挙げたものの秋は3戦全敗となり、当年を6戦2勝で終えた。大敗を喫したジャパンカップから短期間での立て直しにはある程度成功したものの、海外挑戦を明言している翌年以降に向けて課題を残す一年となった。, 年明けしばらくは次走の予定、鞍上とも発表されなかったが、前年と同じく阪神大賞典から天皇賞(春)のローテーションで臨むことが3月に発表され、阪神大賞典では岩田康誠との初コンビを組むこととなった[52]。, 前年秋未勝利とは言え、実績の違いから阪神大賞典では単勝1.7倍の圧倒的1番人気に推された[15]。前走同様にブリンカー着用で臨んだこのレースでは、まずまずのスタートから前目の位置を取りに行こうと押して促すと、珍しく行きたがる素振りを見せたが、逃げるバンデの後ろで落ち着かせ道中2番手で追走する[53]。先頭から縦長の隊列のままレースは進み、2周目の3、4コーナー中間付近で後続が一気に差を詰めて来るとそれに合わせて先頭との距離を詰め、その勢いのまま直線入口で早々と先頭に立つと後続との差を更に広げ、2着に3馬身半差を付ける完勝で本レース2連覇を達成し、区切りの10勝目を飾った[53]。, 天皇賞(春)では、前走騎乗した岩田がウインバリアシオンに騎乗予定であったため[注 5]クレイグ・ウィリアムズに乗り替わり[56]、前哨戦の大阪杯でエピファネイア、メイショウマンボとの3強対決を制した前年の東京優駿優勝馬・キズナ[57]に次ぐ2番人気に支持された[58]。他馬の本馬場入場に先駆けてパドックから1頭先に入場し落ち着いた様子でゲート入りするも、ゲート入り後に突如立ち上がってうなり声をだすほど怒りだし、その影響でスタートでは大きく出遅れた[58][注 6]。そのまま道中は最後方を追走し、2周目の3コーナーからウインバリアシオン、キズナの進出に合わせるように得意の捲りを見せ、最後の直線でしぶとく伸びを見せたものの、優勝したフェノーメノから離れた7着に敗れた[58]。レース後に脚元に異変を感じたウイリアムズが下馬したが、検査を行った結果、骨に異常はなく、右の首筋から肩にかけての肉離れと診断された[61]。, 幸いにも大事には至らなかったため、放牧によるリフレッシュを経て予定通り宝塚記念に向かうことになった[62]。ファン投票では51,366票を集め、ウインバリアシオン、ジェンティルドンナらを抑えて初めて1位に支持された[63]。鞍上にはオーナーサイドの要望で新たに横山典弘を迎え[64]、ブリンカーに加えシャドーロールも着用し臨んだ本レースは、12頭立てと頭数こそ少ないものの、ファン投票上位3頭がいずれも出走するなど近年では珍しいハイレベルな戦いとなった[65]。そのような中、前年優勝の実績[66]、阪神競馬場という舞台との相性の良さ[66]といった点を評価されて、ファン投票同様、単勝2.7倍の1番人気に推された[15][67]。外枠からまずまずのスタートを切った後は一旦最後方になるも、最初のホームストレッチを利用して自らスピードに乗り、1コーナー手前までには一気に4、5番手につけてレースを進める[65]。4コーナー手前から徐々にエンジンをかけて直線に入り残り200メートル付近で先頭に立つと、追い込みを図る後方の実力馬達を突き放して2着に3馬身差の完勝、宝塚記念連覇を達成した[65][注 7][注 8]。鞍上の横山にとっては、1991年のメジロライアン以来となる宝塚記念優勝となった[67]。, 次走以降のローテーションについては、既に出走登録を済ませている凱旋門賞も視野に入れて関係者間で調整が行われた結果、札幌記念をステップに、僚馬のジャスタウェイと共に凱旋門賞に挑戦することが7月23日に正式に発表された[70]。, 札幌記念に向けて放牧先から帰厩後は、一旦函館競馬場に移動して調整を行った後[71]、札幌競馬場に入った。GI勝ち馬が4頭出走し、中でも同じく凱旋門賞挑戦を表明している当年の桜花賞優勝馬・ハープスターとの2強対決と目された札幌記念では1番人気に支持された[72]。レースでは、まずまずのスタートを決めたが行き足が付かず、道中は離れた最後方からの競馬となった。向こう正面の残り1000メートル付近から追い出し始め、前を進むハープスターが3コーナーで仕掛けたとほぼ同時にじわじわと進出[72]。2頭併せで他馬を捲る形で直線入口を迎え、最後は先に抜け出したハープスターとの一騎討ちの形となったが、3/4馬身及ばず2着に敗れた[72]。, レース後、厩務員の今浪隆利はレース当日だけで6kgの馬体減があったことを明かし、栗東に戻った後は、本番に向けて馬体回復にも気を配りながらの調整が行われた[73]。その甲斐もあり、9月13日からの検疫期間中に行われた日本における最終追い切り後には、馬体は512kgまで回復した[74]。その後、9月20日午前10時28分にジャスタウェイ、ハープスターと共に成田国際空港から出国し[75]、9月20日午後2時51分(現地時間、以下同)にオランダのアムステルダム・スキポール空港に到着[76][注 9]。スキポール空港からは陸路で約8時間移動し、9月21日午前1時25分に現地滞在先であるシャンティイの小林智厩舎に到着、入厩した[76][注 10]。, 入厩後はシャンティイ調教場のリヨン坂路を中心に調教が行われた[79]。調教は順調に進み、10月2日のシャンティイ競馬場での芝コース追い切り後には、横山から「これまでで最高の調教」[80]、須貝から「何も言うことがない」[81]という言葉が出るほどであった。, 10月5日の第93回凱旋門賞には、有力馬が引退、出走回避をする中[82][83]、最終的に20頭が登録を行った[84]。札幌記念後には馬具を全て外すという話もあったが[85]、結局前2走と同様ブリンカー・シャドーロールを付けての出走となった。2番ゲートから五分のスタートを切るもいつものように行き足が付かず、最後方からのレースを強いられる[86]。1000メートル通過が60秒程度と凱旋門賞としてはペースが流れる展開の中、3コーナーを回り終えフォルスストレートに入ってから進出を開始すると、直線入口では大外に持ち出して直線勝負に賭けた[86]。残り400メートル付近でチキータに内から寄られて若干スピードを落とした後もしぶとく伸びを見せたが、後方の馬をかわすのが精一杯。隣の3番ゲートからスタート後、道中は中団から前目に付け、直線では内からスムーズに突き抜けるという本馬と対照的なレース運びで連覇を達成したトレヴからは約8馬身差の14着と大敗を喫し、海外初挑戦は苦い結果に終わった。レース後のインタビューで須貝は「世界は甘くない。厳しい競馬だった。応援してくれた皆さんには申し訳ない気持ち」と語り、横山も「馬は頑張ってくれた。結果はしかたない。そんなに世界は甘くない」と振り返った[87]。レース後、オーナーの次男小林正和は「(前目で)競馬ができるようなら、また(凱旋門賞に)挑戦することを考えます」と語り、翌年以降の現役続行と凱旋門賞再挑戦を示唆した[88]。, その後、現地にしばらく滞在した後、ハープスター、ジャスタウェイと共に10月11日午前6時42分に成田国際空港に到着、午前9時45分に輸入検疫のため千葉県白井市の競馬学校に入厩した[89]。着地検疫のため吉澤ステーブルWESTに移動した後は、そのまま同地で調整が行われた[90]。帰国後の一戦にはレース間隔やコース適性を考慮してジャパンカップは回避し、有馬記念を選択[91]。宝塚記念以降手綱を取って来た横山は主戦を務めるワンアンドオンリーに騎乗予定であったため、5走前の阪神大賞典以来となる岩田と再びコンビを組むことも併せて発表された[91]。, 史上初の枠順公開抽選会の実施[92]、GI馬10頭の出走[93][注 11]等の話題で注目された第59回有馬記念では、66,796票を獲得して宝塚記念に引き続きファン投票1位[97]、単勝3.5倍の1番人気に推された[15]。14番ゲートから久しぶりに好スタートを決めるとまず前方を伺うが、1周目のスタンド前を迎える頃には後方5、6番手に収まり、中団後方でレースを進める[98]。1000メートル通過が63秒とスローペースとなる中、2周目の3コーナーから徐々に進出を開始[98]。直線入口では先頭を捉える位置に付けてそこから抜け出しを図ったが、坂の途中で内から先に抜け出したジェンティルドンナには届かず、ゴール手前でトゥザワールドにもハナ差で差し返され、2年連続の3着となった[98]。レース後岩田は、前方有利と言われるスローペースで中団からの競馬になってしまったことに対し、「スタートから4コーナーにかけて位置を取りに行けば良かった」と反省を口にし[99]、須貝からは翌年春シーズンの最大目標を史上初の3連覇が懸かる宝塚記念と定め、改めて現役続行が明言された[100]。, 史上初の宝塚記念連覇、初の海外遠征と話題のあった一年ではあったが、前年と同じく6戦2勝で当年を終えた。, 有馬記念後は疲労が少ないことから放牧には出さず、引き続き岩田とのコンビでアメリカジョッキークラブカップに向かうことになった[101]。1週前追い切りでは栗東CWコースで併走馬に大差を付ける好タイムをマークする等、好調さをアピール[102]。中山での強さ[103]や出走馬中唯一のGI馬であることも評価されて、当日は1.3倍の1番人気に推された[15]。8番ゲートからまずまずのスタートを切ると、1コーナーに入る頃には後方4、5番手に付け、2コーナーでは自ら上がっていこうとするが鞍上は途中で手綱を抑え、中団に収まる。4コーナーから本格的に追い出し始めるも反応が鈍く、先団を捉えるには厳しい位置取りとなってしまい、直線でしぶとく伸びを見せるも勝ったクリールカイザーからは約4馬身差の7着に敗れた[15]。この結果を受け、出走する可能性を残していたドバイシーマクラシックは回避し、阪神大賞典に向かうことになった[104]。, 阪神大賞典では、単勝オッズ1.6倍の圧倒的な1番人気に支持された[105]。道中では中団につけ、早めにスパートをかけて直線では先頭集団に加わり、最後は追走するデニムアンドルビーを1馬身抑えて勝利し、同レース3連覇を達成した[105]。重賞3連覇は史上9頭目であるが、すべて1番人気であったのは3頭目、グレード制導入後では初の記録となった[105]。また、この勝利により、ゴールドシップは史上7頭目となる重賞10勝に到達した[105]。, 天皇賞(春)では昨年の有馬記念以来手綱を取ってきた岩田がアドマイヤデウスに騎乗することになり、凱旋門賞以来となる横山の騎乗で出走することとなった[106]。ゲート入りを嫌がり、目隠しされた状態でのゲート入りとなり、スタート後は1番人気のキズナに並んでの最後方でのレースとなった[107][108]。2周目の向正面で横山がゴーサインを出すと馬群の外から少しずつ前方へとまくっていった[107]。最後の直線で先頭に立っていたカレンミロティックを抜くと、追走してきたフェイムゲームをクビ差で抑え、3度目の挑戦でついに天皇賞を制覇、6度目のGI勝利となった[107]。なお、枠入り不良と判定されたため次走までに発走調教の再審査を受けなければならなくなった[107]。その後行われた再審査は一度で合格している[109]。, 宝塚記念では前年に続きファン投票1位を獲得[110]。「JRA同一平地GI競走3連覇[注 12][注 13]」という空前の記録を目指して出走したが、発馬直前にスターティングゲート内で急に立ち上がってしまい、大きく出遅れて最後方からの追走となった[113][114]。3コーナーで馬群にとりついたものの[114]ゴール直前の勝負所でも追い上げることができず、15着の大惨敗を喫し[113]、3連覇の記録達成はならなかった。なお、枠内駐立不良と判定されたため再び次走までに発走調教の再審査を受けなければならなくなった[113]。, 8月2日、翌2016年から10億円のシンジケートが組まれ、ビッグレッドファームで種牡馬入りすることが決まった[115]。ゲート再試験後に臨んだジャパンカップでは[116]2013年の有馬記念以来となるブリンカー・シャドーロールを外しての素顔で出走し[117]、前走の宝塚記念のような出来事が起こった場合は有馬記念への出走ができなくなる可能性があったものの[118]、特に問題なくゲートを出たが、10着と凡走に終わった[119]。, 引退レースとなった12月27日の有馬記念では横山がこの年の菊花賞を制したキタサンブラックに騎乗するため[120]、2013年のジャパンカップ以来となる内田博幸が騎乗することが報じられた[121]。第60回有馬記念では、2011年のブエナビスタ以来となる10万票超え、前年の1.8倍、120,981票を獲得した[122]。レースでは1番人気に支持され、残り1000mの地点でロングスパートを仕掛けて見せ場を作ったものの[123]、直線で伸びを欠いてゴールドアクターの8着に敗れた[124]。騎乗した内田は「最後の最後でしたし、何とかしたいと思いましたが、現実は厳しかったです」と悔しがった[124]。中山最終レース後に、調教師の須貝、これまで騎乗した内田、横山、岩田などが出席した引退式が行われた[5][125]。同日、競走馬登録を抹消され[3]、改めてビッグレッドファームで種牡馬入りが発表された。, 引退式後にビッグレッドファーム鉾田で静養ののち、2016年1月6日にビッグレッドファームに到着[126]。種付け料は受胎条件で250万円に設定された[127]。供用初年度の2016年は109頭の繁殖牝馬に種付けを行い、翌2017年に79頭が誕生した[127]。同年7月のセレクトセール当歳部門では、そのうちの1頭であるマイジェンの2017が里見治によって5000万円で落札される[128]。同年9月2日には札幌競馬場に来場し、当日の全レース終了後にパドックでお披露目された[129]。, 2019年から産駒がデビューし、7月14日の函館競馬場における新馬戦においてマイジェンの2017ことサトノゴールド[130]が武豊を鞍上に勝利し、これが産駒初勝利となった[131]。サトノゴールドは父と同じ須貝厩舎の管理馬であり、担当厩務員も同じく今浪隆利である[132]。, 2019年8月31日の札幌2歳ステークスをブラックホールが制して産駒の重賞初勝利を達成[133]。2着にはサトノゴールドが入線した[134]。, ゴールドシップの馬体は後肢の繋ぎが顕著に緩く、スタート時や勝負所でゴーサインを送られた時もこの緩さが災いしてダッシュが利かないため、この馬体の構造から先行策が難しく後方からのレースが多かった[135]。このため、この位置取りが起伏の激しい競走成績にもつながった[135]。コースでも東京競馬場で行われたレースで勝利したのは3歳時の共同通信杯のみと同競馬場でのレースを苦手としたが、これも馬体や繋ぎの緩さからトップスピードになかなか乗れず、勝負所で置かれてしまうため東京や京都競馬場でのここ一番のレースで勝ちきれなかった[135]。反対に中山競馬場・阪神競馬場では残り200m地点での急坂で他馬が失速することが多い中、ゴールドシップは強靭な筋力を持っていたため末脚を伸ばすことが可能となり、中山においても追い込みや捲りが届いた[135]。, 厩務員の今浪隆利によるとゴールドシップはデビュー時の函館滞在時から他の馬を蹴りに行くことで有名だったといい[136]、4歳春の時点で行われたインタビューで「3歳の春までは僕が乗って厩舎周りでも運動できたけど、今はとてもできません。曳き運動中も神経質で、他の馬を警戒しながら歩いています」と証言している[136]。管理調教師の須貝にもよく噛みつき、須貝はシャツを破られたり肩に痣を作ったこともあった[136]。, 第2回 ウアルドマイン / 第3回 セントライト / 第4回 アルバイト / 第5回 ダイヱレク / 第6回 クリヤマト / 第7回 トキツカゼ / 第8回 ヒデヒカリ / 第9回 トサミドリ, 第10回 クモノハナ / 第11回 トキノミノル / 第12回 クリノハナ / 第13回 ボストニアン / 第14回 ダイナナホウシユウ / 第15回 ケゴン / 第16回 ヘキラク / 第17回 カズヨシ / 第18回 タイセイホープ / 第19回 ウイルデイール, 第20回 コダマ / 第21回 シンツバメ / 第22回 ヤマノオー / 第23回 メイズイ / 第24回 シンザン / 第25回 チトセオー / 第26回 ニホンピローエース / 第27回 リュウズキ / 第28回 マーチス / 第29回 ワイルドモア, 第30回 タニノムーティエ / 第31回 ヒカルイマイ / 第32回 ランドプリンス / 第33回 ハイセイコー / 第34回 キタノカチドキ / 第35回 カブラヤオー / 第36回 トウショウボーイ / 第37回 ハードバージ / 第38回 ファンタスト / 第39回 ビンゴガルー, 第40回 ハワイアンイメージ / 第41回 カツトップエース / 第42回 アズマハンター / 第43回 ミスターシービー / 第44回 シンボリルドルフ / 第45回 ミホシンザン / 第46回 ダイナコスモス / 第47回 サクラスターオー / 第48回 ヤエノムテキ / 第49回 ドクタースパート, 第50回 ハクタイセイ / 第51回 トウカイテイオー / 第52回 ミホノブルボン / 第53回 ナリタタイシン / 第54回 ナリタブライアン / 第55回 ジェニュイン / 第56回 イシノサンデー / 第57回 サニーブライアン / 第58回 セイウンスカイ / 第59回 テイエムオペラオー, 第60回 エアシャカール / 第61回 アグネスタキオン / 第62回 ノーリーズン / 第63回 ネオユニヴァース / 第64回 ダイワメジャー / 第65回 ディープインパクト / 第66回 メイショウサムソン / 第67回 ヴィクトリー / 第68回 キャプテントゥーレ / 第69回 アンライバルド, 第70回 ヴィクトワールピサ / 第71回 オルフェーヴル / 第72回 ゴールドシップ / 第73回 ロゴタイプ / 第74回 イスラボニータ / 第75回 ドゥラメンテ / 第76回 ディーマジェスティ / 第77回 アルアイン / 第78回 エポカドーロ / 第79回 サートゥルナーリア, 第3回 テツザクラ / 第4回 セントライト / 第5回 ハヤタケ / 第6回 クリフジ / 第7回 アヅマライ / 第8回 ブラウニー / 第9回 ニユーフオード / 第10回 トサミドリ, 第11回 ハイレコード / 第12回 トラツクオー / 第13回 セントオー / 第14回 ハクリヨウ / 第15回 ダイナナホウシユウ / 第16回 メイヂヒカリ / 第17回 キタノオー / 第18回 ラプソデー / 第19回 コマヒカリ / 第20回 ハククラマ, 第21回 キタノオーザ / 第22回 アズマテンラン / 第23回 ヒロキミ / 第24回 グレートヨルカ / 第25回 シンザン / 第26回 ダイコーター / 第27回 ナスノコトブキ / 第28回 ニツトエイト / 第29回 アサカオー / 第30回 アカネテンリュウ, 第31回 ダテテンリュウ / 第32回 ニホンピロムーテー / 第33回 イシノヒカル / 第34回 タケホープ / 第35回 キタノカチドキ / 第36回 コクサイプリンス / 第37回 グリーングラス / 第38回 プレストウコウ / 第39回 インターグシケン / 第40回 ハシハーミット, 第41回 ノースガスト / 第42回 ミナガワマンナ / 第43回 ホリスキー / 第44回 ミスターシービー / 第45回 シンボリルドルフ / 第46回 ミホシンザン / 第47回 メジロデュレン / 第48回 サクラスターオー / 第49回 スーパークリーク / 第50回 バンブービギン, 第51回 メジロマックイーン / 第52回 レオダーバン / 第53回 ライスシャワー / 第54回 ビワハヤヒデ / 第55回 ナリタブライアン / 第56回 マヤノトップガン / 第57回 ダンスインザダーク / 第58回 マチカネフクキタル / 第59回 セイウンスカイ / 第60回 ナリタトップロード, 第61回 エアシャカール / 第62回 マンハッタンカフェ / 第63回 ヒシミラクル / 第64回 ザッツザプレンティ / 第65回 デルタブルース / 第66回 ディープインパクト / 第67回 ソングオブウインド / 第68回 アサクサキングス / 第69回 オウケンブルースリ / 第70回 スリーロールス, 第71回 ビッグウィーク / 第72回 オルフェーヴル / 第73回 ゴールドシップ / 第74回 エピファネイア / 第75回 トーホウジャッカル / 第76回 キタサンブラック / 第77回 サトノダイヤモンド / 第78回 キセキ / 第79回 フィエールマン / 第80回 ワールドプレミア, 国際競走指定前:

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